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「幼年時代」の謎
まず「幼年時代」の2つの書影を見てください。左側「が初版本で、右側が重版(第六版)です。

ここ初版本の実物を見ると、小説集「幼年時代」は、大正11年11月25日に金星堂から金星堂名作叢書23として出版されています。しかしこの「幼年時代」に関して、いくつかの不思議なことがあります。

1. 「室生犀星作品集(新潮社刊)」第三巻(昭和34年7月5日発行)の月報第6号の「室生犀星書誌(6)」(伊藤信吉著)の補遺に「幼年時代」が記載されています。
そこには、菊半裁判一五三頁 大正十一年十一月二十日 金星堂刊 名作叢書第二十二篇とあります。

2. 新日本少年少女文学全集15「室生犀星集」(昭和34年8月10日発行)巻末の「解説」(伊藤信吉著)では、「幼年時代」金星堂・大正11年11月発行として書影が掲載されています。しかし、書影はあきらかに重版のものです。

3. 「室生犀星書目集成」(室生朝子、星野晃一編、昭和61年11月25日発行)に。「幼年時代」に関して<造本>袖珍判、紙装薄表紙、[補記]金星堂名作叢書22との記載があります。

4. 室生犀星記念館の1F吹き抜けの壁に犀星の初版本の表紙をモチーフとした「初版本ウォール」があります。そこに「幼年時代」がありません。
室生犀星記念館のHPに掲載されている写真にも写っていないように見えます。
それを資料とした「室生犀星 初版本の表紙」という資料が「室生犀星記念館」で配布されていましたが、「18 幼年時代 T11.11.25 金星堂」の記載があるものの写真の18が抜けており掲載されていません。

5. 大田区立郷土博物館から発行された「室生犀星文学アルバム(第27回特別展図録)」(平成4年10月25日発行)に、モノクロ写真で「幼年時代」の書影が掲載されていますが、やはり重版のようです。

「室生犀星全集(新潮社版)」別巻二の「書誌」(結城信一編)では、大正十一年十一月二十五日・金星堂刊・金星堂名作叢書23・袖珍判一五五頁・定価五十銭。との記載があります。

また、旧結城信一氏の蔵書で、現在日本近代文学館に収納されている犀星の著書目録である「日本近代文学館所蔵資料目録30 結城信一コレクション目録」にも、同様に「幼年時代」金星堂 大正11.11.25(1992) (金星堂名作叢書23)の記載があります。

これは、私の持っている「幼年時代」初版本の実物とも一致するため、事実だと思われます。
それでは、なぜ1.~5.のようなことが起きたのでしょうか?

1.についての考察

月報第6号の「室生犀星書誌(6)」(伊藤信吉著)の補遺作成で、初版本ではなく、重版を参考にしたのではないかと思われます。

根拠としては以下の2点です。

・ 発行を大正十一年十一月二十日としている点。初版本では、大正十一年十一月二十日印刷、大正十一年十一月二十五日発行としていますが、重版(第六版)で確認したところ大正十一年十一月二十日初版印刷発行としています。この重版の印刷発行日を使ったのではないかと思われます。

・ 名作叢書第二十二篇としている点。初版本では、金星堂名作叢書23として出版されています。
重版(第六版)では、確かに金星堂名作叢書22となっており、ここからも重版で確認したのではないかと考えられます。
なぜ、初版は「金星堂名作叢書23」で、重版では「金星堂名作叢書22」についての謎は、別途後述します。

以上のことから、重版を参考に記載したというのは間違いないと思われます。これに関して、さらに興味深い話があります。

実は、「室生犀星作品集(新潮社刊)第四巻」の月報第1号の「室生犀星書誌(1)」にも「幼年時代」の記載がありましたが、そこには「選集 大正十一年十一月・金星堂刊」しか書かれていませんでした。

新たな情報が入ったため、「室生犀星書誌(6)」(伊藤信吉著)の補遺として記載したようです。新たな情報とは、「2.の新日本少年少女文学全集15「室生犀星集」(昭和34年8月10日発行)巻末の「解説」作成で得られたもの」ではないかと推測します。

2.についての考察

初版本は、その実物から造本が「袖珍判、紙装薄表紙」となっています。「解説」に掲載された書影は明らかに初版本と異なり袖珍判ではなく、現在でいうところの菊半裁判(文庫版)。手元の重版(第六版)と同じです。

ちなみに、袖珍判はA7サイズで、以前はポケット判と呼ばれていました。初版本の中にも「森田恒友氏装ポケット形」との記載があります。それに対し、重版は、第六版の巻末に記載があるように菊半裁型クロス上製(クロス張り厚表紙)となっています。
そして、この情報を元に1.の「室生犀星書誌(6)」(伊藤信吉著)の補遺としても記載してしまったと考えられます。

3.についての考察

[補記]金星堂名作叢書22と記載されていることから「室生犀星書目集成」でも同様に作成の際に初版ではなく、重版を参考に記載したものと思われます。

金星堂名作叢書23と22の謎

手元にある大正15年9月10日発行の第六版を見てみると確かに金星堂名作叢書22となっています。巻末に金星堂名作叢書目録が附いており、それによると全33作品、「幼年時代」はその22となっています。

それに対して初版本の同様に巻末の金星堂名作叢書目録を見て見ると驚いたことに全35作品、そして問題の「幼年時代」はその23になっています。その違いを見てみると初版本の金星堂名作叢書目録には、「10里見弴 題未定 近刊」となっていますが、六版の金星堂名作叢書目録では、それが無くなっており番号が詰められています。同様に初版本の35には「佐藤春夫 題未定 近刊」がありますが、それも第六版では無くなっています。

しかし、参考にしたのが重版だとすると第六版の巻末に記載があるように菊半裁型クロス上製(クロス張り厚表紙)のはず。

それなのに「<造本>袖珍判、紙装薄表紙」との記載は。これはどう考えても初版本の造本。想像でしかありませんが、参考にしていた現物が重版だったため、やむなく「室生犀星全集(新潮社版)」別巻二(昭和43年1月30日)の「書誌」の内容を参考に記載したのではないでしょうか。

4.についての考察

金沢にある室生犀星記念館に訪問した際には、気づかなかったのですが、今回の件で気になり、室生犀星記念館のHPに掲載されている「初版本ウォール」の写真や他の方が撮られた写真を見てみましたが、「幼年時代」はそこには無いようです。
1.-3.から、「幼年時代」の初版本の入手が非常に難しかったということが推測できます。
と同様に「心の風景」作成時に「幼年時代」の初版本を入手できなかったのではないかと思われます。
重版の現物(菊半裁判)と資料(袖珍判)(たぶん参考として「室生犀星書目集成」を使ったのではないかと推測します。)との違いがあり、そのため敢えて作らなかったのではないかと考えます。

この件について、室生犀星記念館さんにメールで確認させていただいたところ丁寧な回答をいただきました。「幼年時代」は「性に眼覚める頃」(新潮社 大正9年1月5日発行)に含まれており、再版本の扱いとのことでした。
確かに、「室生犀星全集(新潮社版)」別巻二の「書誌」(結城信一編)では、「性に眼覚める頃」の中に「幼年時代」が記載されています。この謎は解決しました。
室生犀星記念館さんありがとうございました。

5.についての考察
やはり、同様に初版本を入手できなかったために、重版の写真を掲載したのではないかと思われます。

結論
多くの図録、研究著書、書誌においては重版の書影が利用されており、これまで初版本の書影は見たことがありません。
今回の調査および以上のことから「幼年時代」の初版本は非常に貴重でほとんど現存していないことになります。確実に判っているのは日本近代文学館に収められている旧結城信一氏の蔵書の1冊と私の手元にある1冊の計2冊ということになります。
に文章を書きます。

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