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童話集「鮎吉・船吉・春吉」の謎

「鮎吉・船吉・春吉」は、犀星の最初の中篇童話集で、巻頭の「はしがき」に犀星が、「三吉ものがたり(鮎吉・船吉・春吉) は長いものですが、こんな長いお話もはじめてかいたものです。」と書いています。
また、この記載から当初から題名は「三吉ものがたり」であったことが判ります。
童話集として出版するにあたり、三人(鮎吉・船吉・春吉)のものがたりであることをわかりやすくするために題名を「鮎吉・ 船吉・春吉」としたものと思われます。
 しかし、改版の昭和21年8月15日発行の新洋社刊では、「三吉ものがたり」と改題しており、犀星のこだわりが感じられます。
この初版本は、今は「国立国会図書館デジタルコレクション」でも公開されており、誰でもが読むことができます。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1169937

 この「鮎吉・船吉・春吉」は、初版は不詳、再版は2,000部、三版は5,000部印刷されましたが、単行本として「三吉ものがたり」として出版された以降は、「五つの城」に掲載されたのみで、ほとんど目にすることができませんでした。
 その後、没後に出版された創林社刊の「室生犀星童話全集」や、ほるぷ出版の「日本児童文学体系9」に掲載され、比較的容易に目にすることができるようになりました。
装幀は、恩地孝四郎氏によるものです。
 林 土岐男氏著の「犀星襍記(ざっき)」の中で林 土岐男氏自身がこの初版と第5版を所有していた旨の記載があり、その後も出版されていたことが判りました。第5版も2,000部発行との記載があり、結果的に1万部以上発行されていたことになります。さらに第5版と思われる書影がほるぷ出版の「日本児童文学体系9」に掲載されています。このことも「犀星襍記(ざっき)」に記載がありました。
その後、第5版を入手することができました。この第5版では函附からカバー装に変更されていました。

「鮎吉・船吉・春吉」初版 昭和17年4月15日発行 発行部数不詳

この初版には、林 土岐男氏著の「犀星襍記(ざっき)」の中で林 土岐男氏が指摘していますように、鮎吉⇔船吉での誤植が8箇所あります。確認したところ、次の再版では訂正されています。
「鮎吉・船吉・春吉」の初版(函)
「鮎吉・船吉・春吉」の初版(本)
鮎吉・船吉・春吉(初版)
奥附

「鮎吉・船吉・春吉」再版 昭和17年7月30日発行 発行部数 2,000部
再版は、2,000部しか発行されておらず、なかなか手に入れることができません。
再版では、本に「文部省推薦」の文字が表紙右上に印刷されています。函を入手できていませんが、三版では函にも印刷されていることから、同様に印刷されていると思われます。
林 土岐男氏著の「犀星襍記(ざっき)」の中で昭和17年6月に文部省推薦となった旨の記載があり、それに基づいて加刷されたものと思われます。
鮎吉・船吉・春吉(再版)
「文部省推薦」の記載部分
鮎吉・船吉・春吉(再版)本
「文部省推薦」記載
鮎吉・船吉・春吉(再版)奥附

「鮎吉・船吉・春吉」三版 昭和17年11月30日発行 発行部数 5,000部
三版では、奥附の印紙に押してある検印が変わっています。
また、函の厚みも三版が3㎜程度薄くなっています。再版の函がないため、確実ではありませんが再版の本も初版に比較して薄くなっていることから、再版の函も同様に薄いものと思われます。
鮎吉・船吉・春吉(三版)函
中央部に「文部省推薦」の記載
鮎吉・船吉・春吉(三版)本
右上に「文部省推薦」の記載
鮎吉・船吉・春吉(三版)奥附

「鮎吉・船吉・春吉」五版 昭和18年4月30日発行 発行部数 2,000部
この五版では、カバー装に変更されています。四版が入手できていないため、変更が四版で行われたか、この五版で行われたかは判っていません。
「犀星襍記(ざっき)」の中で林 土岐男氏も指摘している通り、この五版でも誤植がいくつか残っています。
鮎吉・船吉・春吉(五版)カバー
鮎吉・船吉・春吉(五版)本
鮎吉・船吉・春吉(五版)奥附
登場人物の名前での誤植
初版には、林 土岐男氏著の「犀星襍記(ざっき)」の中で林 土岐男氏が指摘していますように、鮎吉⇔船吉での誤植が8箇所あります。登場人物の名前の間違いのため小説として成立するかどうかというほどの酷い誤りです。読んだ子供たちのことを思うと、ちょっと悲しくなります
本文p.105(左:初版、右:再版)船吉が鮎吉に、鮎吉が船吉に修正されています。

【新発見】
題名の文字変更
気づきにくいのですが、本の題名の文字が、初版から再版で変更されています。筆跡は類似していることから同じ人の手によるものだと思いますが、「吉」の字の横棒の長さが変わっています。初版の「吉」は、下の横棒が上の横棒より長くなっています(つちよし)が、再版では逆に上の横棒が下の横棒より長くなっています。
同様に中表紙の本の題名も変更されています。併せて初版には「鮎」の字にフリガナがありませんでしたが、再版では表紙の文字と同様にフリガナが付けられています。
これは、「再版」で「文部省推薦」となったことが影響があるように思われます。
表紙の題名(上:初版、下:再版)「吉」の文字の横棒の長さが変わっています。
中表紙の題名(上:初版、下:再版)「吉」の文字の横棒の長さが変更された他、「鮎」の文字にフリガナが附けられています。

口絵の題名の不思議
巻頭の大石哲路氏の口絵に初版では入っていなかった「鮭(さけ)取りの小屋」の題名が再版以降に付けられています。再版では、ゴム印で、三版では印刷されています。
この件で、国立国会図書館デジタルコレクションで確認したところ、初版本にもかかわらず、4頁のこの挿絵の下に「鮭(さけ)取りの小屋」の文字が確認できます。ちなみに私の所有する初版3冊は、どれにも入っていませんでした。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1169937
つまり、本来印刷すべき題名を後から、ゴム印で押したもので、初版を含む出荷されていなかったものに押印したものと思われます。
この件で、その理由が判明しました。国立国会図書館デジタルコレクション(旧近代デジタルライブラリー)は国立国会図書館の蔵書で、このことについて林 土岐男氏著の「犀星襍記(ざっき)」の中で、「『昭和十八・四・二十納本帝国』との納入印が押してある」との記載があります。(「犀星襍記(ざっき)」林 土岐男氏著 『鮎吉・船吉・春吉』をめぐって)
なにか理由があり後日収められたため、既に題名の印刷漏れが判明していたことからゴム印を押して納本されたようです。
初版の巻頭の口絵
(口絵題名無し)
再版の口絵下部の題名
(ゴム印)
第三版の口絵下部の題名
(印刷)

三吉ものがたり(鮎吉・船吉・春吉の改題)
装幀および扉の絵などは恩地孝四郎氏ですが、挿絵は青木清氏となっています。
三吉ものがたり(初版)
表紙
三吉ものがたり(初版)
裏表紙
三吉ものがたり(初版)奥附

童話「鮎吉・船吉・春吉」初出誌の不思議
 「室生犀星書目集成」室生朝子、星野晃一編(明治書院刊、昭和61年11月25日発行)では、童話「鮎吉・船吉・春吉」の初出誌は、「コクミン三年生」とされていますが、実際には、連載が開始された昭和16年4月号から昭和17年1月号までは「こくみん三年生」(写真左)に、昭和17年2月号からは「少国民の友」(写真右)に改題となり掲載されています。
 当初、昭和17年1月号から「ひらがな少国民」に改題との予定だったようですが、都合により昭和17年2月からとなり、本の題名も最終的に「少国民の友」となりました。※昭和16年12月号にその旨の記載がありました。
 そのため、昭和17年2月号の表紙右下には「こくみん三年生改題」との記載があります。
 ちなみにカタカナの「コクミン」との表記は、「コクミン一年生」と「コクミン二年生」と低学年用に使われていました。
こくみん三年生 昭和16年12月号
少国民の友 昭和17年2月号

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