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「詩とその作り方(表題:詩とその作法)」 文藝創作講座(文藝春秋社編)掲載

「文藝創作講座」第八号 文藝春秋社刊(昭和4年7月20日発行)掲載分
5 表現(続き)
奇怪な雲の形が焔にすつかり照らされて闇の中に染め出される。
恐ろしい生気が漲(みなぎ)つた偉きな力が動いて居る。
手足をひろくのばして麓いちめんに這ひ廻つた
さびしくおそろしい闇夜である
がうがうといふ風が吹いてる。遠くの空で吹いている。自然はひつそりと息をひそめ
しだいにふしぎな 大きな山のかたちが襲つてくる。
すぐ近いところにそびえ
怪異な相貌(すがた)が食はうとする。
          (恐ろしい山――萩原朔太郎)
今一篇自然を歌つた詩がある。「恐ろしい山」と比較しで見る。
六月の夕
自分は町を歩いて遠い田舎の方でする稲妻を見た。
山の様な雲が大地の向ふに来てゐる
濛々と集團して地球の向ふに泊つてゐる
町中は全くもの音が絶えて

  大地にも空にも沈黙が漲(みなぎ)つてゐる
  何か目に見えない巨人共が地球の周りをうろついて
  絶えず何か戦つたり、作業してゐる様だ。
  自分は荘厳の感に打たれて暫らく見て居た。
  何十里となく連なつてぱつと探海燈の様に光る時があつた。
  又、白く燃えしたやうな細い?が十字架のやうにふるへ乍ら、天上するのを見た。
            (六月のタ――千家元麿)
 この二篇の詩は共に具象化の表現として好適の例だと思ふ。「恐ろしい山」は主題を一つの象徴として表現してゐるが、象徴が具象化されて表現されてゐる。このやうに自然に對する感情が具象化されて初めて我々との間に迷連をを持つことが出来るのである。

 冬枯の空に梅は彼女の飾りの無い髪を編んで
 すらりと気高く立つてゐる
 何と云ふ精緻極る小枝の群
 千も萬もの愛らしい神秘な小枝が
 優しく紬(もつ)れて
 平和に空の下に彼女の美を
 意気揚々と示してゐる。
            (梅――千家元麿)
 これは樹木を對象としてゐるのだが、既に一人の女の美を抜き出してゐる巧妙極る具象化の表現である。

6 技巧について
 古来多くの詩人が「詩」の為に多くの苦労を支払つて来た。そして、それぞれの國に於てそれぞれの「詩」の最初の形が生れ、それが時代の流れの中で次第に成長して来たのである。
 我々は今少しくその發展の跡を振り返つて見よう。
 いづれの國に於ても詩の最初の一行は、「喜び、」「悲しみ、」「怒り、」等による感動した叫び声」によつて始められのである。
 それが感情が複雑になつて行くにつれて、詩も亦次第に複雑な表現様式を採るに至つた。
 このことは萬葉集にある山部憶良の貧困を歌つた歌と、近代に於けるプロレタリア詩人の貧困の詩とを較べて見たならば容易に知り得るであらう。
 前者は「雨まじり雪は降り来ぬ。雪まじり風は吹き来ぬ」と云ふ最初の一行から始まつて、終始貧乏の中で苦しむ人間を歌ひながらも自か(破れのため数文字不明)てゐる。 

 これに反して近代の(破れのため数文字不明)常に、自分――及び自分らの同族を苦しめる貧乏の社會的根據を突き止め、それに對する憤怒を以つて一貫してゐるのである。
 この内容的な相違が、同時に表現の上に於ける著しい相違の原因をなしてゐる。従つて、詩の形式を規定する最も根本的な物はその時代に於ける主力をなす生活であり、最も力ある高揚しか生活力の中からこそ優れた詩は生れ出て来る。
 日本に於ける詩の發生は日本書紀や萬葉集に於て見られる通り、東歌のかたことから始まつたのである。
 それは確かにどこか赤ん坊の片語に似た處がある。それほど率直に自分の感情を掴み出して居る。
 決してそれは宮廷に於ける歌合せの遊びごとゝして生れ出た物でもなく、それによつて發達したものでもない。
 何故ならば、詩が一度雲井高く舞ひ上つてその日その日の「喜び」や「悲しみ」――云ひ換へれば、地に着いた生活から足が離れるとたちまちに詩としての本来の生命を失つて、形式に捉はれた力弱い物となつてしまつてゐるではないか?
 このことは萬葉集から古今集ヘ――新古今集ヘ――と云ふ順に従つて詩が失はれて行つた事を思ひ起して見れば充分に理解されるだらう。
 つまり詩の技巧と云ふことは、心を素直にすること以外にはないのである。正直な心で物をよく見ると云ふこと以外にはないのである。
 私はある日朝はやく起き出て、そして、一篇の詩を書いた。

    朝 の 歌
こどものやうな美しい気がして
けさは朝はやくおき出た
日はうらうらと若い木木のあたまに
すぱらしい光をみなぎらしてゐた
こどもらは
喜ばしい朝のうたをうたつてゐた
その澄んだこゑは
おれの評かなこゝろしみ込んで来た
おお 何んといふ美しい朝であらう
何といふ幸福を予感せられる朝であらう

 これは私が正直にかんじて、すこしも偽はらないで、思ふまゝ詩に書いたのである。これより外に私にはかくことが其時には無かつたのである。私にとつてこれらの詩はほんとのものであり、正しいものであり、これより外に、あらはすべきものが無かつたのである。私どもは自分みづからに對しでも正直でありたい。自分に正しければ、人にも、自然にも、また、あらゆるものに正しいのである。

私はこのやうな心である晩方静かに又机に向ふた。そして、一篇の詩を書いた。

      夕 の 歌
 人人はまた寂しいタを迎へた
 人人の胸に温良な折りが湧いた
 なぜこのやうなタのおとづれとゝもに
 自分の寂しい心を連れて
 その道づれとともに永い間
 休みなく歩まなければならないのだらうか
 けふはきのふのやうに
 変わることなく
 移りもせず
 悲哀(かなしみ)は悲哀(かなしみ)のまゝの姿で
 また明日へめぐり行くのであらうか
 かの高い屋根や立木の上に
 太陽は昇つて又沈みかけてゐた
 人々は夜の茶卓の上で
 深い思索に沈んでゐた。

7 男性の詩
 ホイツトマンの浪のやうな盛り上つた詩やヴルハアレンの高調された詩も、凡ての根底から男性的の輝きと健康とを持つてゐる。それらの明るい透明な力が詩の凡てに鳴りひびいて人心の奥にひびいて行くのだ。

 自分は興奮してホイツトマンの詩を讀んでゐた。
 自分の髪は逆立ち、自分の舌は滑らかになり
 自分の顎はがくがくふるへ、全身はをどり出した。
 次の間から子供はそつと側へ来て
 自分の机の上に腰をかけて黙つて聞いてゐた。
 その顔は考へ深く緊張してゐた。
 自分はチラリと見てゾツトした。
 だが自分は可愛ゆさに涙ぐんだ
 次の間から妻が縫物を止めて側へ来て
 眞赤な顔をして黙つて聴き入つた。
 自分は自然に集つた一人の聴手を前にして
 興奮の絶頂に達した。
 自分は詩を止めて叫んだ。
 自分の内に眠れる獅子よ、目覚めよ
 自分の霊よ、わが舌に乗りうつれ
 自分の舌よ、火のやうに熱せ。
 自分の詩よ、痙痺して感じに辰(みなぎ)
 敏感に、焰のやうに。
 オオ大なる世界にぴりぴりした火の子を吐け
 星の様にきらめけ。

 千家元磨氏はホイツトマンに就でこのやうに歌つてゐる。
 男性の詩! 男性の力に充ち亙つた詩!鉄のやうな詩! 大地に根を持ち、いつも動かずに、がつしりと立つた詩! 詩の大きさ! その廣さ! あやふやなものを吹き飛ばして行くちから! これらは吾々の求める詩であり、又、吾々の持つところのその全部である。
 ほんとに男性的な詩に、散逸された、ゴマ化しはしない。眞に充ち、力に充ち、そして、人々の胸を掴んで迫る。
 立派な堂々とした姿で、たとへば音樂がもつ重石をのせつけるのだ。彼の森厳な、すこしのたるみもない、全世界に鳴りひびくやうなオーケストの大きさ!その大きさを持つ詩!
 または、ちひさい物にも最大な生活を見る微妙な表現や、その生命を感知するやうな詩の中にも尊い男性があるのだ。
 いちがいに、ただむやみに怒号された趣句や韻律やによつて、男性的の詩があるとは云へない。
 それは無限に快適な、やはり力のある詩より外にはない。
 吾々の持つものは、男性であることをよく知りたい。それに吾々の道を開きたい。吾々はその道をどつしりと歩いて行きたい。この大地の愛を踏むことを! 踏んで踏んで踏みぬくことを! ときには男性らしく立派に、いつも孤独で情純で、そして、わき眼も振らす進みたいのだ。そこに昔々の生き切つた姿があるのだ。この世に高調された、
一つの、ゆるがない魂の鼓動を打ち響かしてゆくのが。それを思へば、吾々は益々強生される。この世界に波打つてゆく、又この世界を壓(あつ)する男性的な詩を私は求めてゐる。

      男 性 の 詩           
  私は求める
  鐵のやうにがつしりした詩を
  魂の充ちわたつてゐる強大な
  堂々とした韻律を

 永久の地盤に生へた戀
 永久をめざして進んでゆく姿を
 サシ徹(とほ)すやうに見たありのまの姿を
 その意志は鐵の如く
 その手は火の如く
 たまらなくなつて書かれた詩を求める
 恥かしいことをしてゐる人間を赤面させ
 苦しんでゐる人々の肩に手を置き
 詩の滋味を輝かし
 ぐなぐなな人間をがつしりさせ
 ねむつてゐる奴を叩き起し
 腹のへつてゐる奴に
 めしをくはすやうな詩を求める
 でれでれした女たらしの
 詩人をふきとばし
 まつすぐに はじからはじまで
 生きてゐるやうな詩を求める
 よせ木細工のやうな詩は書くな
 雲のやうに自由であれ
 風を切る烏のやうに自由であれ
 すべてを大きさにあれ  (自作)

 男性の持つところの力は、大地の上に据ゑられた力でなければならない。何物にもうしろを見せない、又、何處までも自由な信頼すべき多くを持つところのものでなければならない。
 詩の中にいつも確立された大樹のやうな信仰を、それらのペキユリアル・ライトを暗示し、ときには一切を救ひ上げるところの「人類の綱」でなければならない。
 吹きつのる嵐こそ、盛り上り泡立つ海洋こそ、うねり高まる山獄の形態こそ、まことに吾々にふさはしく吾々の進むべき道であるのだ。

8 男性的な詩と女性的な詩
 吾々はときをり耐へ難い女性的な、でれでれした、空素な詩を見ることがある。いはれなき感激や、安 ぽい感傷的な情調は有害な劣情詩より他にはない。
 吾々は絶えずかうした傾向に自分が落ちて行くことを警戒しなければならない。
 けれども女性的詩品にもサロジニ・ナイズのやうな優しい詩がある。男性の持たない優しさと思ひやりとに充ちてゐて、それはよく人心を温めてくれる、私の云ふのは男性であつていつも低い卑しい程度に彷徨する女性的作品を嫌忌するのである。さう云ふ作品には決つて魂のこもらない詩が多い。たましひを語らない詩に、吾々は牽引をかんじない。吾々はやはりどこまでも、深く眞實なる詩を熱愛するものである。
 やはり、詩の「いゝ」「わるい」は、その詩人の素敵な大きな生き方である。「なくてはならない一つの眞實」だ。
 兄弟よ。すばらしいつばさを持つた鷲の空を渡るやうな、自由な、大きさにあれ。その大きさに一切を生み放て!

9 リズムとは何ぞや
 詩に於て、最も大切なものは、そのリズムである。リズムの奈如によつて詩が強く響いたり、よりよく 強調されたりするのである。
 リズムは、音樂であることは云ふまでもないが、決して彼の軽俘な調子ではない。リズムは、その詩作 家の呼吸であり、生命でり一つの生きたら肺である。
 リズムとは一つの詩を貫流する透明な、木でいへば根のやうな、重い力を有つもので、リズムの奈如に よつて詩が生きたり死んだりするものである。
 美しいリズム、強烈な火のやうなリズム、悲しみに滲透するリズム、男性的な、あるひは弱々しいリズ ム、深いリズム、これらの凡てに吾々の求めるものがある。ヴェルハァレンやホイットマンやにも。それ ぞれ人にゆるさないリズムがある。
 仏蘭西のデカダン詩人ポール・ヴエルレーメの如きは、深く紛れ込んだ、悲しく、しみ人るやうなリズ ムと表現を持つてゐる。
 それならばこのリズムと云ふものはいつたいどこから出て末るのか?
 それは一切の生活感情と意志とが壓縮されてそこから流れ落ちる滴りのやうなものである。従つて烈し い生活からは強い鐵のやうなリズムが湧き出るし、か細い安易な生活からは物柔らかな優しいリズムが生れ出る。
 一人の詩人にあつても、そのリズムはその詩人の年齢及び生活の変化に件つて移り変つて行くものである。
 私自身の詩集「抒情小曲集」「愛の詩集」「忘春詩集」「鶴」等に就て見られたい。試みにその中から 一つづつ選び出して見よう。

 小景異情
 その一
 白魚はさびしや
 そのくろき瞳はなんといふ
 なんといふしほらしさぞよ
 そとにひる餉(げ)をしたゝむる

 わがよそよそしさと
 かなしさと
 ききともなや雀しば啼けり  (抒情小曲集)

  ある街裏にて
 こゝは失敗と勝利と堕落とボロと
 淫売と人殺しと
 貧乏と詐欺と
 煤と埃と饑渇と寒気と
 押し合ひへし合ひ衝き倒し
 人々の食べものを引きたくり
 気狂ひと癇癪病みのやうな乞食と
 恥知らずの餓鬼道の都市だ
 やさしい魂をもつたものは脅かされたり
 威かされたりして
 しまひに図々しい盗人になるのだ
 肺病やみや伝染病者や
 生涯どうにもならないものらまで
 這ひ廻つてうぢのやうに
 その徽菌をふり散らして歩くことにより
 自分の瀕死的な境遇の仇を打つところだ
 女は無垢を破られたり
 金に売られたり
 畜妾や 畜妾同棲や
 師匠の妻をたぶらかす子弟や
 こゝに正義も人道もない
 下劣な利己主義者の群があるばかりだ
 又すべての藝術志望者らの広げられた生活は
 極貧とたゝかつて
 ただ一木の燐寸のやうに痩せほそつて
 餓鬼道のやうに吠え立つてゐるところだ
 空気はいつも濕け込んで
 灰ばんでゐるのであつた 
 人間の心を温かにするものはなく
 又不幸な魂を救ふべきことも為されてゐない
 みんなありのまゝに
 ありのまゝのら犬のやうに生きて行く
               (愛の詩集)
 鶴
        ○
 或朝 本をつみかさねて見てゐると
 梅の花の匂ひがして来たのです
        ○
 これは永い間のことですが
 夢の中でわたくしは一人の貴婦人によく出遇ふのです
 貴婦人はいつでもわたくしを救ふやうな位置にゐて
 たぐひなく優しい言葉を残して
 毎晩のやうに別れてゆかれるのです
        ○
 植物があまり生長してしまふと
 わたくしには感興がなくなつてしまふのだ
        ○
 梅の老木の傍にしばらく佇んで見て
 これは老木だからいゝのだと思つたのです。
 さういふことは云へないでせうか。
 田舎女のわたくしの母にも
 さう云ふ好ましいところがあるのです。

10 口語詩と文語詩
 前にも述べた如く詩とは人間の感情の最も率直な現はれである以上、それは最もなじみ深い、最も使ひ慣れた言葉で云ひ現はさるべきであり、又必然にさうなるのである。
 萬葉歌人にとつては、あの物柔しい静かなリズムを持つた言葉が、彼らの物柔しい平和な生活から流れ出たところの彼らの日常的な言葉だつたのである。
 だからこそ、四季の眺めを心ゆくまゝに歌ひ盡(つく)し、相聞の歌に思ひのたけをこめで自由に取りかはし得たのである。
 元来詩に形式はない。又、規則もない。詩は自由な思想によつてのみ表現されるものである。吾々の日常語をもつ
てこそ詩の上に物語るべきなのである。
 ただ吾々の血の中に二千年の伝統が流れてゐる以上、それと全く無縁に今日の日常語があるべき筈はないし、吾々は古語を充分に咀噛することによつて始めて吾吾の日常語を吾々自身の力で完成し得るのである。
 かうした試みが明治から大正にかけて、相克する文化の荒波の中にあつて、同時に多くの詩人たちによつ試みられた。
 北原白秋氏のロ語と俗謠とを加味した左の一篇の如きは明らかに口語詩初期のものであり、当時かなり唄はれたものだ。

  あかい夕日につまされて
  酔ふてカフェを出は出たが
  どうせわたしはなまけもの
  あすのいんぐわをなんでしろ
 の一章の如きは、かなりなエフェクトをもつてゐる。思ふままを、それなりに詩にうつし得たところに、口語詩のうまみがある。萩原朔太郎氏になると、ずつと自由になつてゐて、言葉それ自身がすつかり詩になつてゐる。

  続き → 「詩とその作り方」その4 前に → 「詩とその作り方」その2

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