犀川の岸邊
茫とした
ひろい磧(かわら)は赤く染まつて
夜ごとに荒い霜を思はせるやうになつた
私はいくとせぶりかで
また故郷に帰り来て
父や母やとねおきしてゐた
休息は早やすつかり私をつつんでゐた
私は以前にもまして犀川の岸邊を
川上のもやの立つたあたりを眺めては
遠い明らかな美しい山なみに對して
自分が故郷にあること
又自分が此處を出て行つては
つらいことばかりある世界だと考へて
思ひ沈んで歩いてゐた
何といふ善良な景色であらう
何といふ親密な言葉をもつて
温良な内容を開いてくれる景色だらう
私は流れに立つたり
土手の草場に座つたり
その一本の草の穂を抜いたりしてゐた
私の心はまるで新鮮な
浄らかな力にみちて来て
みるみる故郷の滋味に帰つてゐた
私は醫王山や戸室や
又は大日や富士潟が岳やのの
その峰の上にある空気まで
自分の肺にとれ入れるやうな
深い永い呼吸を試みてゐた
そして家にある楽しい父母のところに
子供のやうに あたたかな爐(いろり)を求めて
快活な美しい心になつて帰つて行くのであつた |
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