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「詩とその作り方(表題:詩とその作法)」 文藝創作講座(文藝春秋社編)掲載
【目次】
章の題名 掲載号
第一号
1 詩をおもふ心 第一号
2 詩の本質 第一号
3 詩的精神 第二号
4 詩の内容と形式 第二号
5 表現 第二号
6 技巧について 第八号
7 男性の詩 第八号
8 男性的な詩と女性的な詩 第八号
9 リズムとは何ぞや 第八号
10 口語詩と文語詩 第八号
11 戀および愛の詩 第九号
12 美しい詩とその評釋 第九号
13 フランスの詩人に就て 第九号
14 プロレタリア詩に就て(その一) 第十号
15 プロレタリア詩に就て(その二) 第十号
結語 第十号

「文藝創作講座」第一号 文藝春秋社刊(昭和3年12月20日発行)掲載分
 題を「詩とその作り方」としたが、自分は全然へり下つた、世にありふれた「詩の作法」を書くことを嫌ふし、又、さういふ程度の低いものでは、なかなか讀者等の胸間に泌み込むことが出来るものでないと思ふ。
 讀者はこの文章を讀んでゆくうちに、たしかに「詩」といふもの、「詩」の何者であるかといふこと、「詩」を感ずること、「詩」の製作の困難であること、「詩」を書くまでに心を錬磨すべきこと、「詩」が決して遊戯でないこと、あくまで第二生命感であること、正しい自然の現れであること、その他を明かに感じることと信じる。
 つまり、「詩」を考へたり、書かうとしたりする人々によつて、極めて明瞭な「智識の豫備」や、「心の持ち方」や、「作り方」とを何等の形式的な秩序や系統なく、約束なく、又條件なしにとり入れさせ考へさせるようにしてゆきたい。
 自分はよい傳統を愛するが、因襲や形式や系統なるもの、アカデミックなものにいつも倦怠を感じでゐる。さういふものに会つて「まことの言葉」のあつたためしが無く、血になり力になつたためしを聴かない。よいものは本気で書かれたものであり、従つて極めて自由な素朴と、常識的な規範にとらはれない形式によつて語られたものが多いのである。
 あらゆる藝術製作上に於て、凡てが「教へる」ことでなくして「理解」することが必要である。詩に於いても明かに「作る」ことではなくて「考へる」ことであり、「生れ」させることであるからである。「教へる」といふことは藝術の上には余り多くの場合これを許されてるない。
 ただ一つ「理解」することのみが、「詩」の製作者にとつて必要であるごとく、この文章を讀む人々も、この文書の中にある「充ちあふれた精神の根ざすところさへ」見てもらへば、自分の望みは足りる。
 自分が今持つところの詩についての信條は、あくまで正新で眞實であること、また、讀者にとつても力と勇気と良き幸福とを齎(もたら)すべきものであることを感じる。自分等の生き育つからには、自分等のちからを人人に感じさぜすに置かないし、叉、認めさせずには置かない。自分等の世界にあつて詩は明かに「魂のミイド」である、「二つなき魂の慰安」であるからだ。
 詩は、吾吾の生活の全部である。
 詩を書かうとすることは、自分の生活をより深い意味で生活することである。
 オーギュス・ロダンは言つてゐる。
 ――人は仕事する時にはいつでも迷ふものです。決して自分か何處を歩いてゐるか確かに解るものぢやありません。進歩は實に遅く、實に不確かなものです。やがて、だしぬけにそれが啓かれます。人は前へ出ます。けれども暗中模索の幾年かの後の事です。ただ、行きつかうと思つたり、自分を虐待すると、自殺することになります! 石に一滴一滴と喰ひ込む水の遅い静かな力を持たねばなりません。そして到着点を人間の忍耐力によつて余り遠すぎると
考へてはなりません。年取つてからでなければ其處へ行けません。若い時に、青春の元気を一ぱいに持つてゐる時に、それを考へるのはつらいものです。

1 詩をおもふ心
 詩をおもふ心は、苦しくて耐えられない時にさへ、私をして静かな本質にかへしてくれるのである。
 窓がいつも深藍に輝いてゐるやうに、心はいつも輝いて、詩を求めてゐるのである。私の中には、かず知れぬ楽譜のやうなものがあつて、それを堀り出すことに焦心してゐる。
 詩をおもふ心は、いつはらぬ秀れた魂をもつ人間に限られてゐるのである。選ばれたよい人間である。
 人間ははてしない未来の生活を控へてゐる。その未来の悩みに打ち勝つごとを考ヘてゐる。又、あらゆる人人は寂しい物足りない過去をもつものである。私はときをり壁にもたれてゆめを見はじめることがある。ゆめは寂しい。霧や煙のやうなものがふわふわと立つて私をつつんでゐる。ひろい纏まりのない心になつて私は依然として、ぼんやり考へ込んでゐる。私はこのやうなぼんやりした後で、はつとして詩作の机にむかふ時が多い。ぼんやりしてゐたときに、いつの間にか、詩の意志がのりうつつて来たのである。
 または、街路をあるいてゐたり、電車にのつてゐたりして、ふいと詩作を欲することがある。このやうな瞬間が私には時折に起つてくる。
 ある日のことであつた。
 しかも、うすら寒い晩方、塀のところで、をさない、十ばかりの女の子が何か楽書をして遊んでゐた。すぐ近所の子で、陰気に友がちといつも離れてゐる淋しい顔の子であつた。私はその子が何かして逍んでゐるのか、叉、何を書いてゐるのかさへ判らなかつた。ただ何かしら淋しい子だといふ、極めて通りがかりに感じるやうなものを感じて、それを眺めてゐた。しぱらくしてから子供はいつの間にか居なくなつて、寒い夕風が黒塀のあたりをかさかさと吹いてゐた。
 私は何気なくその女の子のゐたあたりまで行つて、ふいと塀を見ると、爪ででも書いたらしく、片仮名で、オカアサマ、オカアサマ、と、ただそれがけ書いてあるのを見た。私は知らず知らず、その子供の胸にやどつてゐる美しい想念に打たれた。世にこのやうに、あどけなく(まるで詩のやうな)生き育つて行くもののあることを感謝した。私の心は。その時こそ、一切の汚れたものの外にあることを感じ、凡ての善良なものに接近した時に感じる、高い喜びを味つたのであつた。
 詩をおもふ心も、やはり此の女の子のやうに極めて自然に感じるやうなものを、感じ味つてこそ、始めてピユアな作品をとり入れることが出末るのである。眞の意味の詩こそ、これらの子どもの感情の在る所に生まれるのである。
 これぱまた、私のをさない頃のことである。まだ十三四にも満ちたないころだ。
私は多感な、沈鬱な、いつも歌つて自家(うち)の門のところに佇(た)つて、ことに夕暮なぞ、かうした少年時代にありがちな、とりとめのない寂しい心持で、ぼんやりと町の垣根越した聳える国境山脈を眺めることがあつた。私の生れたとこは、山の深い寒い北国で、友達にいつも離れて遊んだ私にとつて、いつも高々と聳えて、いつも動かないで平和な、楽しいやうで、むやみに悲哀の対象になるやうな山を眺めることが、いつも癖のやうになつてゐた。
 私は、あの山の中に何かあるだらうかとか、山の奥に何が住んでゐるだらうかとか、山を越えると何處へ行けるのだらうか、いつもああした寒い雪の光つてゐるあたりに、やはり木や花やが生(は)えてゐるだらうか、そこの静かなところに人が住めないのだらうか、又、いつまでああしたどつしりした姿が聳えてゐるのだらうか、いつの世にあれらの姿の上に変化が起るだらうかと、とりとめもなく珍らしい心持で考へ込むのであつた。
 山は季節によつて色をかへたけれど、いつも美しい輪廓と重い姿とをくつきりと空にうかばせ、日がのぼつたり、夕焼が映つたりなどしてゐた。いつまで見てゐても、飽くことがなかつた。いつ見てもかはらぬ新しい何ものかを私の心に加へてくるのであつた。 。
 私はいまでも、その折のとりとめのない、ゆめのやうな山の姿をおぼえてゐる。それが確かに、どうと云ふ理窟なしに、心にうかんでくるのである。
 私はいつも鉛筆で、よくその山の姿や、陰つた調子やを描いてゐた。けれども絵にあらはせぬ神秘的な感じが、いつも描きつくせないである。
 いまから思へば、私はあの時にもう「詩」に接近してゐたのであつた。けれどもそれを知ることが出来ずに、そのまま、鬱然と胸にかたまつて宿つてゐたのであつた。あのときこそ、かの私共の求めてゐる純一と眞實との最初であるべき、よごれぬ魂の目ざめがあつたのである。

2 詩の本質
 詩は単なる遊戯でも慰籍でも無く、又。感覚上の快楽でも無い。詩を、求める熱情あるよき魂を有つ人にのみ理解される囁きをもつて、その人に迫つたり胸や心をかきむしつたり、新しい初初しい力を与へたりするのである。はじめから詩について同感し得ない人や、疑義を有つ者らにどつて、詩は存在し得ないし永久に囁くことが無いであらう。
 人々は街や公園を歩いたり、美しい善い自然の中に佇んだりするとき、必ず美しいとか優しいとか、あるひは忘れがたない感動を受けたりするであらう。そして、その美しさに対して自分の心を波立たすであう。書にしからよいとか、歌にしたらよいとか、さまざまな想念を湧き立たしたりするであらう。
 人々は、どうしたら詩が書けるだらうといふ心持を経験するであらう。そして、人々は詩の本を明るい窓の下で繙(ひもと)くだらう。そこには色々な言葉が生き動いて。あるものは、深い愛を囁いたり、あるものは、悲哀に滲み亙(わた)つて、そぞろに讀む人々の胸を迫らせるであらう。深い感動を与へるであらう。           ’
 總(すべ)ての良き讀者は、詩の世界がどれだけ人類にとつて、よい廣(ひろ)い世界を持つてゐるかといふことを首肯するであらう。どれがけ多くの眞や美や善やについて、最もデリケートなる多くの物語りが繰り返されることであらう。  ’
 あらゆる人間にとつて、もつとも、良き糧(かて)となるものは、精神のやさしい慰めである。魂を養ふところの、たとへば四月の美しい雨のやうなものゝ必要である。このまま人類は粗(あら)い生活をいろいろな機械や車馬の音響によつて悩まされたり、衣食のことについて生活を根本から脅されたり、又すべての無味乾燥な煩はしい茶飯事(さはんじ)によつて、いたましく愉楽無くして送ることは出来ない。――勿論生活の上に押しかぶさつてくる物質的困窮を、精紳的慰めによつてゴマ化したり、置き代へたりすることは出来得ないのであるが――「魂のことを考へる」ことの、いかに人類にとつて高尚な、しかも強調された楽みであらう。それら魂の消息を知ることは、やがて此の世界の全ての鼓動を聴取することであり、此の世界の悩みに触れ得ることの一つでもあるのである。
 吾吾はいつも何気なく街や田園の風光にたいして、それは本当に何気ない理由なき悩みをかんじることがある。寂しく頼りなく、しかも、永久に孤独であることを、それらの風光の中からとり入れることのあるのは、吾吾の魂がいかに孤独の中にあつて、羽ばたいたり苦しんだりしてゐるかが判るのである。いかなる混閙(こんとう)の巷に立つて、賑かな音楽の湧き立つところにあつても、かれはかれの本然な気品によつて、その根本的な孤独感によつて、いよいよ孤独な嵯嘆をさへ打ち漏らすのである。
 自分の「魂を考へる」ことは、人間の生涯に亙て、人間の為さねばならないことであり、又なすことによつて、人として、よく生き得るところの道程でもあるのである。
すぐれた詩は、何人におつても理解さるべき、正統な人間のくもりない純情に據(よ)つて抒(の)べられるべきものであつ
て決して人間の至純性に背くものではない。すぐれた詩によつて呼びさまされ、慰められることは幸福である。詩はあたかも愛あるもの同志がお互に交はす美しくつつましい微笑のやうに、深い意味をさぐりあひ讀み合うことによつて、正しい理解が生れてくるのだ。詩人の生れた天禀の齢(よはひ)にしたがつて、おのおの本道を極めてにごりなく歩むことによつて總ての眞實が存在する。
 詩によつて愛の孤独をあたため乱れた心を整へようとするは、もはや詩の眞實な精紳であり使命であることを根底とする。一点のくもりない歩みはいかに美しくしかも堂堂としてゐることだか! 悪い性情を有つ人間にとつて悪い詩が生れ、善良な人人の魂によつて善き詩が生れることは、もはや疑ひもないことである。
 私は詩を愛する心の中でも、やはりその詩に現れた精神の生活を讀む。
 人人の有つさまざまな精神。それを讀み分けることが私にとつて唯一の理解だ。
 たとへばどれだけ苦悶しても最後まで処女性を失はない生活、あの何者にもかへがたい永久な処女の美しさを有つところの可憐な女性のやうに、いかに苦しんでもナイヰヴな若芽のままなものをその精神に秘めるやうな詩、私はそれを求めるのだ。
 詩は愛である。
 詩は、ちやうど、吾吾がいつまで経つでも忘れることの出来ない、肉親の愛のやうなものである。いつも詩をおもふとき、心は美しく清いものに抱かれ、いつくしまれるのである。
 詩は絶え間なく囁く。
 詩はしみじみと考へさせる。
 詩は生命(いのち)の核(たね)だ。
 詩は萬人に根を置いた、旋風の中の美事(みごと)な木のよそほひをもつてゐる。
 詩にふれることは幸福にふれるやうなものだ。
 詩を理解することは、この世の何ものよりも緻密な美を理解することだ。
 美と其との中に、その最も強烈なものに詩は育てられてゐる。
 吾々のをさないとき、吾々の母は、吾々のちいさなからだを抱いて、よく晴れた日の午前の縁側や、寂しいタ暮の庭を逍遙(さまよ)ひながら唄つてくれた。あの懐かしい子守唄!それがこの年齢になつた私どものすつと心の奥で、ときたま寂しいうた声をひびかして来る。あれが詩でなくて何であらう。私どもが始めてきいた詩であり、永い生涯を通じて忘れらことの出来ない詩である。
 詩はほんとの愛である。
 私どもはよく郊外や街を歩きながら、その空の美しいのを眺めたりして、自然の現れの正しいのを知つて、それを愛する気になる。またあの悲しけな街路の傍で、晞り嗚くやうな秋はいろいろな蟲のこゑごゑを聴くことがある。吾々はそれをすぐさま詩にあらはすことが出来る。吾カの心が正しければ、きつとその美しいメロディを詩に含ませ、又、顫(ふる)はせることが出来る。       
 吾々の呼吸は、いつもそれらの正しいものの中に温く吐かれる。吾々の感じようとする世界の、何といふ廣大で無限で、いつも充ち溢れることか。何といふ贅澤の限りをつくした天與の自然であることか。
 吾々は生きてゐることの幸福をかんじるとき、そこに休息するときも、この世界はすこしの休息もしてゐないのだ。
 ここに一つの林檎がある。
 かつと赤く光つて、美しい盛り上るやうな色彩をゆたかに湛えてゐる。吾々はその美しさにうつとりとして見惚れるo圓みの面白さ、平和な正しい輪廓、圓みの持つ奥深い容積、快い手ごろな、掌(たなぞこ)にしつとりとして落ちついて来る重さなどが、よくもこのやうな美しいものが木に實(な)つたものだと讃嘆される。
 もし、この林檎を詩にあらはさうとするならば、吾々はその赤いつやつやした色を見たり、その重みをはかつて見たり、自分の心持の位置をも見たりする。

 いろ あかく
 さは 哀しき一つの林檎
 眺めもあきぬ
 うつくし
 手にとり見れば
 温き その木の心
 いまは しづかに感じぬ
 あるひは たなごころにのせ
 そらの縁に うつして眺め
 一つの林檎を楽しみぬ
 いろもあえかの 一つの林檎

かう書いて見る。すこしの嘘も技巧をも加へずに、心にうつつたままをすんなりと現はしたのである。それだけでいいのだ。それ以上つまらないことを書かないでもよい。正直に見て、正直に感じたままを書けばよい。それが總ての作品を眞實にする。よい効果(エフェクト)をもたらす、眞實なものは、いつの世にも棄てられることはない。眞實なるものに永遠がある。永遠といふことはすこしの濁りなく、正しい作品にのみ乗りうつるものである。
 たとへば、林檎の詩に於ける作者の位置は、何事も起らない平静な位置である。そこに映象された林檎も、どこまでも平静な、落ちついた感じでなければならぬ。
空をうたふときも、又雨をうたふときも、いつも、極めて正直な自分の心と、對映された物象との、快い‐調和と愉(たの)しいコーラスとによつて、表現しなければならぬ。
 詩は實に最も洗練された言葉の音楽である。   
 アアサア・シモンズは象徴詩の提唱者であり、その多くの作品も象徴詩が多いけれど。日本の誤り傅へられた過去の象徴詩派等とちがつて、極めて平明な、奥床しい作品が多い。そして正しい表現によつて為されてゐる。

  秋の夕暮

 ながき九月の夕は
 野みち野みちのタ霧に死にてゆく。
 なかをただ かすかの星が
 傾きてさまよへる黄昏(たそがれ)を驚かす。
 「夜」は今暗くなりゆく谿(たに)に匐(はらばい)ひ
 地平の上に樹はひとつ、また一つ
 影ふかき海上の月光と青く

  続く → 「詩とその作り方」その2
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