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犀星著書蒐集の記録【最新】 2021年2月7日~
2022年3月6日
雑誌「中央公論」大正8年10月号で「合乗り」を発見
小説「性に眼覚める頃」が掲載された雑誌「中央公論」大正8年10月号(第34年第11号、第375号)を入手しました。
 「創作」として犀星の「性に眼覚める頃」(p.1~p.60)の他、芥川龍之介著の「妖婆続篇」や江口渙著の「悪霊」が掲載されています。
 同じ雑誌に犀星と芥川龍之介が一緒に掲載されているのを芥川は「合乗り」と表現していたようです。
 この「合乗り」について、室生犀星記念館が公開していますyoutube動画「企画展『偉い友達 芥川龍之介』」で紹介されています。
 私自身も、そこで初めて知りましたので早速紹介させていただきました。
https://youtu.be/_95tenNC2Vs



2022年1月16日
日本少國民文庫・第十巻「世界の謎」を入手
日本少國民文庫・第十巻「世界の謎」(石原純 編、新潮社刊、昭和11年5月10日発行)を入手しました。
 ここには、詩二篇として犀星の詩「めぐみを受ける」、「何者ぞ」が掲載されています。「めぐみを受ける」は、詩集「第二愛の詩集」(文武堂書店刊、大正8年5月5日発行)に、「何者ぞ」は、詩集「鶴」(素人社書屋刊、昭和3年9月15日発行)に収録されています。
 このうち「めぐみを受ける」については、「第二愛の詩集」に掲載のものと比較すると最後の一行が以下の様に手が入っていました。
 誤植ではないかと思い「室生犀星全詩集」(筑摩書房刊、昭和37年3月10日発行)を確認したところ、最後の一行は全削除されていました。犀星の意思のように感じました。
詩集「第二愛の詩集」
みんな揃って凛として聲をあげてゐるようだった。
「世界の謎」
皆揃って聲をあげてゐるようだった



2022年1月16日
文芸雑誌「朱欒(ザンボア)」第3巻第1~5(終刊)号合本を入手
文芸雑誌「朱欒(ザンボア)」の第3巻第1~5(終刊)号(東雲堂刊、大正2年1月~2年5月発行)の合本を入手しました。
 後付けの厚表紙との装幀となっており、背には「ZAUBOA」の型押しがされていました。
 既に復刻版も発行されていますが、非常に貴重なものです。
 第3巻各号に犀星の詩が掲載されており、ここに掲載された詩は、その後詩集「青き魚を釣る人」、「抒情小曲集」、「鳥雀集」に収録されています。
 掲載されている詩は、「小景異情」、「海浜独唱」など初期の代表的な作品で、それぞれこの「朱欒」が初出誌とされています。
 この初出誌となる「朱欒」とそれぞれの詩集で作品にどのように手が入ったのかについては、後日公開したいと思います。



2022年1月9日
童話集「山の動物」のカバー附きを再度入手
先日、童話集「山の動物」(小学館刊、昭和18年1月25日発行)のカバー附きを再度入手しました。
 これまでカバー附き1冊、カバー欠けを1冊入手していますが、今回の「山の動物」には比較的状態の良いカバーが附いていました。
 初版の奥附けには、「15,000部」との記載があり、この時期の出版としては非常に多く発行されていますが、中々市場にはでてきません。
 児童書は、その多くが処分されているようです。



2021年12月11日
JR東日本の雑誌「トランヴェール12月号」に犀星が
先日、北陸新幹線に乗る機会があり、列車の中に置かれています「トランヴェール2021年12月号」を何気なく手に取って見たところ、蟹を前にした犀星の大きな写真が掲載されており、びっくりしてその記事を読んでみました。
 表紙には「(特集)文士が求めた、北陸の蟹」との記載があり、「金沢三文豪の陰に蟹あり」とのタイトルで犀星の蟹に関するエピソードが紹介されていました。
 北陸新幹線に乗る機会がありましたら必見です。
 表紙には「ウエブでも読めます!」との紹介がありました。そこに記載されていますQRコードからスマホでも読むことができました。
ネットにもその記事が公開されました。
トランヴェール2021年12月号 特集:文士が求めた、北陸の蟹 (jreast.co.jp)


2021年12月5日
中・短篇小説集「蝙蝠」の貴重な函附を入手
二冊目となる中・短篇小説集「蝙蝠」(隆文館社刊、大正10年9月1日初版発行)をヤフオクで入手しました。
 最初に入手したものは、函欠でしたが今回は非常に貴重な函附でした。これまで、ヤフオクに壊れた函附のものが出品されたのは目にしましたが、今回は非常に状態の良い函附で、初めて函を確認することができました。
 函には、印刷などはなく、僅かに背に題箋が貼られているといった非常にシンプルな造りでした。
 過去には、同じ頃に出版された「古き毒草園」、「香炉を盗む」の函と同様に真ん中に題名、著者名が大きく印刷された題箋が貼られた函付きを確認したことがあり、この函は、異装、または後に作られた函の可能性があります。
 また、本も痛みや補修後がありますが、函に入っていたため比較的綺麗な状態でした。
 当時としては、比較的重厚な造りで、存在感のある1冊だったと思われます。


2021年11月17日(更新2021年12月25日)
映画雑誌「キネマ旬報」を3冊入手
犀星の作品が掲載された映画雑誌「キネマ旬報」を3冊入手しました。
 最も古いものは昭和7年10月1日号(No.449、キネマ旬報社刊)で、その他に昭和11年5月1日号(No.574)、昭和11年11月1日(No.592)で、それぞれ犀星の随筆「表情制作」、詩「白晝(昼)夢」、随筆「映画雑感」が掲載されていました。
 「室生犀星文学年譜」室生朝子、本多 浩、星野晃一編(明治書院刊、昭和57年10月20日発行)、「室生犀星書目集成」室生朝子、星野晃一編(明治書院刊、昭和61年11月25日発行)を確認してみましたが、記載はありませんでした。
 映画好きの犀星は積極的にこの「キネマ旬報」に寄稿していたようです。
その後、昭和9年11月11日号(No.523)を入手しました。そこには犀星の随筆「批評を目的としないで見てみたい」が掲載されていました。


2021年11月13日
加藤愛夫氏の詩集「幻虹」を入手を入手
 加藤愛夫氏の詩集「幻虹」(北海道詩人協会刊、昭和36年9月20日発行)を入手しました。
 「序」を犀星が書いていました。そこには、「加藤君の話しぶりは沁々(しんしん)として人がらが言葉のあいだに見える。北海道の君の生活も養鶏事業のかたわら事務室で筆をとり、客と会ひ仕事のの打ち合わせをやり、そのあとでまた小時原稿紙に対ふ、暖炉はいつも燃え、…」と著者の加藤愛夫氏やその生活を描いています。
 この本に関し、確認したところ「室生犀星文学年譜」室生朝子、本多 浩、星野晃一編(明治書院刊、昭和57年10月20日発行)に記載がありました。(p323)
 また、入手したこの本には同郷の詩人で児童文学作家の「入江好之」氏宛の献呈署名がありました。


2021年10月9日
児童雑誌「セイガク一年生」昭和15年8月号を入手
 児童雑誌「セイガク一年生」昭和15年8月号(小学館社刊、昭和15年8月1日発行)を入手しました。
 短篇小説集「信濃の歌」童話集「鮎吉・船吉・春吉」に収録されています童話「水ノ中ノ夏」が掲載されています。(p.75~p.79)
表紙に「綜合学習カタカナ雑誌」と記載されているように作品も題名以外は、全てカタカナ表記となっています。
 短篇小説集「信濃の歌」では、詩篇の一部にいきなりこの作品が、カタカナ表記のまま収録されており、これまで不思議?でしたが、これで理解することができました。(p.212~p.215)
 また、童話集「鮎吉・船吉・春吉」では、「水の中の夏」となり、作品も読みやすいひらがな(漢字併記)表記に改められています。(p.238~p.243)


2021年9月23日
少年雑誌「中学世界」明治40年2月号(博文館刊、第10巻第2号)を入手
 貴重な少年雑誌「中学世界」明治40年2月号(第10巻第2号)博文館刊、明治40年2月10日発行を入手しました。
 この雑誌には、犀星の俳句の投稿が掲載されています。(p.210)丙之部(60点以上70点未満)として選ばれた多くの句の中から
「鶯の餌を摺る椽や小六月 金澤 犀星」
を見つけることができました。選者は巌谷小波氏となっています。
 この時期、犀星は新聞や雑誌に数多く投稿しており、多くの作品が選ばれ掲載されています。
 この雑誌の存在は「室生犀星文学年譜」室生朝子、本多 浩、星野晃一編(明治書院刊、昭和57年10月20日発行)に記載されており、今回ヤフオクに出品されているのを見つけて落札しました。この雑誌が発行されたのは、明治40年、西暦1907年で、既に114年の月日が経っています。
 その後、「室生犀星句集 漁眠洞全句」(北国出版社刊、昭和52年12月30日発行)を確認したところ、その句は収録されていませんでした。この本が発刊された後に、存在が判ったようです。


2021年9月5日
詞華集「日本の山水」(富岳本社刊、昭和21年8月10日発行)を入手
 犀星の詩「足羽川」が掲載された詞華集「日本の山水」(井上康文編著、富岳本社刊、昭和21年8月10日発行)を入手しました。
 足羽川(あすわがわ)は、福井県北部を流れる河川で、この詩にも描かれていますが、下流の川辺には多くの桜が植えられており、その夜景も美しく足羽川桜並木としてさくら名所100選にも選ばれています。
 詩「足羽川」は、初期の頃の詩で詩集「抒情小曲集」(感情詩社刊、大正7年9月10日発行)に収録されています。

あひ逢はずよとせとなり
あすは川みどりこよなく濃ゆし
をさなかりし櫻ものびあがり
うれしやわが手にそひきたる

わがそのかみに踏みも見し
この土手の芝とうすみどり
いまふゆ枯れはてていろ哀しかり

われながき旅よりかへり
いま足羽川のほとりに立つことの
なにぞやおろかにも涙ぐまるは


2021年8月3日
雑誌「椎の木」第二年第一冊(昭和8年1月号)を入手
 犀星の詩集「十九春詩集」が掲載された雑誌「椎の木」第二年第一冊(椎の木社刊、昭和8年1月1日発行)を入手しました。
 この号の目次には「附 十九春詩集 室生犀星」との記載があり、巻末に「十九春詩集」が収録されています。

 同じく椎の木社から翌月出版された単行本の詩集「十九春詩集」限定五十部(昭和8年2月1日発行)と同じ内容、順番に掲載されていました。
 雑誌「椎の木」の後記には「室生犀星氏からは『十九春詩集』十三篇の寄稿を得たので、俗流に伍するようであるが、特に附録として本号に合冊することゝした。『椎の木』のみが独りよくする年頭得難い贈りものの一つ。」との記載がありました。
個々の詩では、「新声」が初出誌とされていますが、多くの詩に手が入っていることから「十九春詩集」としての初出誌ということも言えるように思います。


2021年7月28日
詩集「鐵集」特製限定二十部本(家蔵本)入手
 犀星の詩集「鐡集」(椎の木社刊、昭和7年9月30日発行)の特製限定二十部本(特製二十部の内の第十九冊)を入手しました。たった二十部との非常に貴重なものです。
「室生犀星書目集成」室生朝子、星野晃一編(明治書院刊、昭和61年11月25日発行)等の書誌には記載があり、その存在を知っていましたが、市場等でその存在が確認できたのは初めてでした。
「室生犀星書目集成」(同)には、「家蔵本(墨書署名入)、限定二十部あり、内容は同じ。」との記載があり、その後、「室生犀星全集 別巻二」(新潮社刊、昭和43年1月30日発行)の巻末に収録されています「書誌」(結城信一編)を確認したところ、「*特製本(家蔵本)限定二十部・定価空欄・箱附」との記載がありました。(p.538)
そのため、市場にほとんど出回らないのではと考えられます。

これまで、この特製限定二十部本については情報がありませんでしたが、確認したところ
①奥附(紙の貼り付け)には売価の記載がなく非売品、家蔵本として作られた可能性がある
②犀星の墨書署名入り(非常に堂々とした署名です。)
③函附(「鐵集」と印字された黒い紙貼り付け)、本にはパラフィンカバー附
④通常本と同様に番号入り
⑤本表紙に「鐵集 室生犀星」との印刷がなく無地、背には「鐵集」のみ印刷
⑥頁の紙には手漉きのような高級な用紙が使われており、機械裁断されていない
と、通常版とは異なった装幀、造りとなっていました。

2021年6月23日
雑誌「中学世界」新人物生立ち号入手
  少年少女雑誌「中学世界」新人物生立ち号(博文館社刊、大正10年1月1日発行)をヤフオクで入手しました。
 特集「新人物生立ち」に犀星の自伝「私の生立ち」(p.154~p.161)が掲載されていました。
 この本、および作品に関して、「室生犀星文学年譜」室生朝子、本多 浩、星野晃一編(明治書院刊、昭和57年10月20日発行)、「室生犀星書目集成」室生朝子、星野晃一編(同刊、昭和61年11月25日発行)のどちらにも記載はありませんでした。


2021年6月19日
短篇小説集「女の図」特製限定100部本を入手
  短篇小説集「女の図」特製限定100部本(竹村書房刊、昭和10年6月15日初版発行)を入手しました。
 非常に珍しいもので、これまで3冊程度しか目にしたことがありません。
 確認したところ、通常版が一般的な紙装であるのに対して、特製限定本は、函、本ともに布装となっていました。
 また、奥附の全てが手書きとなっており、相当に手間がかかっています。
 その為か、通常版の定価二円に対して、特装版は倍の定価四円となっていました。更に、現在の市場価格は10倍程度の差となっているようです。


2021年5月30日
映画雑誌「映画之友」に犀星の随筆が掲載
  映画雑誌「映画之友」に犀星の評論風の随筆が掲載されているのを見つけました。
掲載されていたのは。昭和14年10月号 第17巻/第10号(映画世界社、昭和14年10月1日発行)と昭和15年5月号 第18巻/第5号(同、昭和15年5月1日発行)で、それぞれ犀星の「天青地白(ちちこぐさ)」(p.60~61)、「美醜の間」(p.72~73)が掲載されていました。


2021年4月29日
少年少女雑誌「フレンド」昭和21年4月号に犀星の新たな童話を発見
   少年少女雑誌「フレンド 4月号」第一巻第二号(フレンド社刊、昭和21年4月1日発行)を入手し、確認したところ犀星の童話「春になるまで」(p.40~46)が掲載されていました。
 期待通り「室生犀星文学年譜」室生朝子、本多 浩、星野晃一編(明治書院刊、昭和57年10月20日発行)、「室生犀星書目集成」室生朝子、星野晃一編(同刊、昭和61年11月25日発行)のどちらにも記載はありませんでした。
 この童話は、「ここは大へん寒いところです。海抜三千尺くらいあって、碓氷峠のすぐふもとですが、」と犀星の童話集「鮎吉・船吉・春吉」(小学館刊、昭和17年4月15日発行)に収録の「おにぎり」と同じ碓氷峠が、舞台となっています。
 碓氷峠は、長野県北佐久郡軽井沢町と群馬県安中市松井田町坂本との境にある峠で、犀星にとって思いの深い場所だったのだと思われます。

 その後、このサイトを見ていただいている方から、
 童話集「オランダとけいとが」に収録されている「冬」の初出誌がこの「フレンド」となっており、初出題「春になれば」との記載があるとの連絡をいただきました。
 この「冬」を確認したところ、「フレンド」に掲載されています「春になるまで」と一部表記の違いはありますが、同一作品でした。
 「室生犀星書目集成」の初出題「春になれば」との記載は「春になるまで」の誤植だと思われます。
 念のため、その後「冬」が収録された「室生犀星童話全集 第二巻」(創林社刊、昭和53年9月9日初版発行)の解題を確認したところ、その時点では初出誌未詳とされていました。
 残念ながら、単行本未収録の新たな作品の発見では、ありませんでしたが、新たな事実を確認することができました。ありがとうございました。


2021年4月18日
随筆集「文藝林泉」掲載の詩「夏花」の初出誌「日曜報知」
  犀星の随筆集「文藝林泉」(中央公論社刊、昭和9年5月23日発行)に掲載の鉛筆詩集の中の「夏花」の初出誌とされています雑誌「日曜報知」第58号(報知新聞社刊、昭和6年7月5日発行)を確認したところ、「文藝林泉」に収録の際に、後半(青字)部分がカットされていることが判りました。
 犀星は、単行本等に転載する際、積極的に手を入れています。その後の全詩集等では、単行本を底本とする場合が多く、初出誌のオリジナルを目にすることはほとんどありません。
 「夏花」
  われ、石と鐵と建物のあひまに
  何やらむ花の白きを見たり、
  物すごき花の心なるかな、
  鐵と石とのあひまに咲き輝けり。

  われ、溝の泥のなかに
  何やらむ生きて走れる魚を見たりき、
  物すごき生きものの心なるかな、
  泥とゴミのなかに生きて走れる魚を見たりき。


2021年4月15日
山の短編集「山の燈」の序詩に犀星を発見
  三上秀吉氏、羽仁賢良氏共著の山の短編集「山の燈」(昭和書房刊、昭和17年6月15日発行)の序詩として犀星の詩「故山」が掲載されているのを見つけました。
「室生犀星書目集成」室生朝子、星野晃一編(明治書院刊、昭和61年11月25日発行)や、「定本室生犀星全詩集」(冬樹社刊、昭和53年12月20日発行)にもこの題名の詩は見つかりませんでした。
 この書籍について、国立国会図書館デジタルコレクションでは、「山の灯」として登録されていました。著作権の保護期間中等のためインターネット公開はされていませんが
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1132979
 この前後の時期、犀星は非常に多くの作品を書いており、いろいろな雑誌や本に寄稿しています。そのため、当時の雑誌等の中で未知の犀星作品を多く見つけることができます。


2021年4月3日
犀星の詩「べに鯛」が掲載された雑誌「むらさき」を入手
  雑誌「むらさき」昭和18年1月号(むらさき出版部刊、昭和18年1月1日発行)には、犀星の詩「べに鯛」、「山門にのぼる」(p.1~p.4)が収録されています。
 この雑誌「むらさき」は、子供詩集「動物詩集」に掲載の詩「べに鯛のうた」の初出誌とされています。
 「動物詩集」に収録の詩の多くは、児童向け雑誌「少国民の友」から転載されていますが、雑誌「むらさき」は、表紙にも印刷されているように大人向けの「日本的教養」のための雑誌です。
 これまで、なぜ大人向けの雑誌の詩が、子供向けの詩集に掲載されているのか不思議でしたが、今回入手して確認したところ、「動物詩集」掲載にあたり、子供向けに優しく話しかけるような文体に変更されていました。
 また、題名も「べに鯛」から「べに鯛のうた」に変更されていました。


2021年4月3日
犀星の評論「剃刀の刃(かみそりのやいば)」が掲載された「私の人生論」を発見
 この「私の人生訓」(誠文堂新光社刊、昭和27年6月1日発行)には、犀星の評論「剃刀の刃(かみそりのやいば)」が収録されています。(p.31~34)
 「室生犀星書目集成」室生朝子、星野晃一編(明治書院刊、昭和61年11月25日発行)には、記載がなく単行本、全集など未収録の作品だと思われます。
 この作品は、「人にものを教へるということは、容易にできるものである。対手よりちょっと物知りであったら、その物知りの分だけを教へることが出来るのだ。教へるということは教へるだけであって、責任はない。」との独特な書き出しで始まっています。


2021年3月2日
新たな犀星作品の発見?
 子供向け詩集「動物詩集」(日本絵雑誌社刊、昭和18年9月5日発行)に掲載されています「かにのうた」は、これまで「室生犀星書目集成」室生朝子、星野晃一編(明治書院刊、昭和61年11月25日発行)で、初出誌は、「少国民の友 昭和18年7月号」(小学館刊、昭和18年7月1日発行)とされていました。
 ところが、実際に「少国民の友 昭和18年7月号」目次裏に掲載の「かにのうた」を確認したところ、「動物詩集」に掲載の「かにのうた」とは、まったく別の作品でした。
 これで、少国民の友 昭和18年7月号」の「かにのうた」は、単行本等未掲載作品、一方で「動物詩集」の「かにのうた」は、初出誌"不詳"となり、より謎が深くなりました。

 その後、金沢の室生犀星記念館から、この「少国民の友 昭和18年7月号」の「かにのうた」が、「定本室生犀星全詩集」(冬樹社刊、昭和53年12月20日発行)第三巻に掲載とのご連絡をいただきました。
 確認したところ、「未刊行詩篇」の昭和18年に収録されていました。出典もしっかり「少国民の友」七月号とされていました。ありがとうございました。
 その後、室生洲々子編の「動物詩集」(龜鳴屋社刊、令和元年8月1日発行)を確認したところ、その両方の「かにのうた」がしっかりと収録されていました。
 また、その紹介YouTubeも公開されています。
 室生犀星「動物詩集」全編 朗読*朗読小屋浅野川倶楽部
 身近なところで出合うことができます。




2021年2月27日
「文藝林泉」に掲載の随筆「天龍寺の下駄」の初出誌を発見
 随筆集「文藝林泉」(中央公論社刊、昭和9年5月23日初版発行)に掲載されています随筆「天龍寺の下駄」の初出誌を見つけました。
 「室生犀星書目集成」室生朝子、星野晃一編(明治書院刊、昭和61年11月25日発行)では、この「天龍寺の下駄」は、初出誌・紙 "未詳”とされています。
 その初出誌が、この雑誌「体制」二月号(制作社刊、昭和9年2月5日発行、第一巻第二号)です。発行日付も近く、間違いないと思われます。
 内容を確認したところ、同一の作品でしたが、初出誌の「制作」では、「履物」や「履く」を「覆物」、「覆く」との誤植があり、これらは「文藝林泉」では、正しい表記になっていました。
 犀星の無念さが、想像されます。


2021年2月23日
月刊「さきがけ 」新年号(第三巻第一号)入手 こんなところにも犀星が
 先日、インターネット古書店で「犀星」をキーワードとして検索していると月刊「さきがけ」 新年号(第三巻第一号)(秋田魁新報社刊、昭和20年12月30日発行)という珍しい雑誌を見つけ、購入しました。
 内容を確認したところ、犀星の随筆「三度目の正月」(p.5)が掲載されており、軽井沢での三度目の正月の生活が書かれていました。
 確認したところ「室生犀星文学年譜」室生朝子、本多 浩、星野晃一編(明治書院刊、昭和57年10月20日発行)、「室生犀星書目集成」室生朝子、星野晃一編(同刊、昭和61年11月25日発行)のどちらにも記載はありませんでした。
 雑誌の中では、未知の犀星がまだまだ見つかる可能性があります。


2021年2月23日
犀星が責任執筆者として掲載されている「美の思索」を入手 こんなところにも犀星が
 先日、インターネット古書店で本を検索していると犀星の作品が掲載されている「美の思索」(教材社刊、昭和18年10月20日初版発行)を見つけました。
 購入して確認したところ、犀星の「伝統について」が掲載されており、「室生犀星書目集成」室生朝子、星野晃一編(明治書院刊、昭和61年11月25日発行)を確認しましたが、掲載されていませんでした。
 表紙には、責任執筆者の一人として「室生犀星」の名前が記載されており、犀星の作品は巻頭を飾っていました。(p.1~p.14)
作品は、「私の生家といふものには大して伝統とか歴史とか行事といふものには、秀れた教えはなかった。」との自叙伝のような書き出しでした。


2021年2月11日
犀星の童話集「鮎吉・船吉・春吉」に収録の「くらげとくぢらの話」の初出誌
 童話集「鮎吉・船吉・春吉」(小学館刊、昭和17年4月15日発行)に掲載されています童話「くらげとくぢらの話」の初出誌を入手しました。

 それがこの子供雑誌「コクミン一年生」八月號です。出版社は小学館で、昭和16年8月1日発行となっています。この「コクミン一年生」では、題名が「クラゲトクヂラノハナシ」とされています。
 これは雑誌として表記をカタカナを標準としているためで作品もカタカナで表記されています。
 そして「クラゲトクヂラノハナシ」の挿絵は、なんとあの「ササエさん」の長谷川町子さんでした。なんと貴重な。


2021年2月7日
童話集「鮎吉・船吉・春吉」に収録されている童話作品の初出誌が全て判明
 童話集「鮎吉・船吉・春吉」(小学館刊、昭和17年4月15日初版発行)に収録されている童話作品の初出誌が全て判明しました。
 これまで、「室生犀星書目集成」室生朝子、星野晃一編(明治書院刊、昭和61年11月25日発行)で「鮎吉・船吉・春吉」に収録されている作品について、以下の3つの童話作品に関して初出誌"不詳"(p.143)とされていましたが、その全ての初出誌が判明しました。
「おにぎり」p.207~214/「かけすの逃げた話」p.215~220/「ねこのをばさん」p.221~228

「おにぎり」の初出誌は、「鮎吉・船吉・春吉」と同じく小学館から昭和16年12月10日に出版された雑誌「ひらがな童話」(二・三年生むき)で、題名も「おにぎり」として掲載されていました。

「かけすの逃げた話」は、同様に小学館から昭和14年7月1日に出版された子供雑誌「セウガク一年生」七月號で、題名は「カケスノニゲタ話」となっていました。
 これは雑誌として表記をカタカナを標準としているためで作品も地名などを除きカタカナで表記されています。

「ねこのをばさん」は、これまでなかなか初出誌がみつからず、苦戦していましたが、ついに見つけました。しかも、前述の「室生犀星書目集成」の中で。
 「室生犀星書目集成」の「室生犀星童話全集(全三巻)」の第一巻のところ(p.260)に、「ねこのをばさん」の初出誌になんと「セウガク一年生(昭15・4・1)」との記載があったのです。
 念のため、「室生犀星童話全集 第一巻」(創林社刊、昭和53年7月7日初版発行)の巻末の「解題」を確認したところ、ありました。「初出、セウガク一年生、第十六巻第一号、昭和十五年四月号。初出題『ネコノヲバサン』」と。
 さらに、こんな記載も見つけました。
 「初出題名は、昭和五十三年五月末までに調査すみのものであるが、(初出誌は雑誌を確認ずみである)子供むきの雑誌はその所在を知ることが困難であり、今後も調査は続けていく。」と。

 また、本の題名となっている長篇童話「鮎吉・船吉・春吉」の初出は、「コクミン三年生」、昭和十六年一月号から「少国民の友」とされていますが、実際には、連載が開始された昭和16年4月号から昭和17年1月号までは「こくみん三年生」に、昭和17年2月号からは「少国民の友」に改題となり掲載されています。
 当初、昭和17年1月号から「ひらがな少国民」に改題との予定だったようですが、都合により昭和17年2月からとなり、本の題名も最終的に「少国民の友」となりました。「こくみん三年生」昭和16年12月号を確認したところその旨の案内が掲載されていました。
 ちなみにカタカナの「コクミン」との表記は、「コクミン一年生」と「コクミン二年生」と低学年用に使われていました。

童話集「鮎吉・船吉・春吉」

雑誌「ひらがな童話」

雑誌「セウガク一年生」七月号

フッターイメージ