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犀星著書蒐集の記録【Ⅳ】 2018年5月19日~2019年7月27日 |
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2019年7月27日 |
「回想の室生犀星」の著者である田辺 徹氏の自筆ノート「犀星先生の思い出」を入手 |
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田辺 徹氏の著書「回想の室生犀星」(写真上)の帯には、「犀星と同郷であるのみならず、父が犀星の幼友だちであり、早くから犀星の作品に親しみ、また、室生家に住み込んで、よそゆきでない犀星に接してきた著者の肌身の体験に基づく回想録。」と犀星との関係が書かれています。 その田辺 徹氏の自筆ノートを含む各種資料が、先日ヤフオクに出品されており、それを落札しました。 その中には、「犀星先生の思い出」と表紙に書かれた自筆ノート(写真下)も含まれており、その他にも、自筆原稿「ブルーデルについて」「老婆」などの貴重なものもありました。 非常に貴重なものだけに、私が個人的に所有するというよりは、一時お預かりするつもりで落札させていただきました。
「犀星先生の思い出」の冒頭には、「昭和38年9月29日夜」の日付とともに「犀星先生が亡くなってから もう半年以上たってしまった。まして、ぼくが終戦後 先生のお宅へお邪魔してからは、もうずいぶんの時間が経っている。そのころから 先生の記録をのこしておけば、いま読んでもずいぶん面白いものになっていたと思うが、あのように 毎日毎日 追われるように暮らしていたし、また、そのような記録をのこそうと思うには 僕は若すぎた。精いつぱい生きているときには、なかなか 人の言葉を丹念に記録しようなどとは 思わないもののような気がする。しかし、雑誌の話が友だちの間で出たこの機会に少しづつ 思い出す順序でメモをしておきたいと思う。 なお、先生の場合、年をとられるにつれ郷里の金沢訛(北陸訛)が多くなっていた。この場合、一寸したアクセントに ある種の思いがあって、面白い表現になっている場合が多い。このメモでは、極力、訛は訛のままにメモしておきたいと思う。」と書かれています。 この中では、犀星がなにげなく発した言葉を、田辺 徹氏が、記憶の中から丁寧に文字にしています。 「回想の室生犀星」の中にも、このノートに記載された犀星の言葉がいくつかでてきます。また、このノートにしかない犀星の言葉もいくつかありました。
有楽町駅改札で 「ぼくは 町へ出てくるときは電車がいいな。女の人が見られるからね。」 犀星の息遣いが感じられます。
この「犀星先生の思い出」は、犀星の生きた証として8月4日に金沢の「室生犀星記念館」に寄贈させていただきました。 |
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2019年7月20日 |
ついに犀星の中・短篇小説集「蝙蝠」隆文館社刊(大正10年9月1日発行)を入手 |
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ついに中・短篇小説集「蝙蝠」隆文館社刊(大正10年9月1日発行)を入手しました。
これまでもヤフオクに3回程度出品されましたが、残念ながら入手できていませんでした。
数年ぶりにヤフオクに出品されたため、今回はなんとしても入手したいと思い、万全の体制で挑み?ようやく落札、入手することができました。
この「蝙蝠」には、本のタイトルとなっている大阪毎日新聞夕刊に連載された「蝙蝠」の他、大正10年に各種雑誌に掲載された小説「女性」「さそりのやうに」「蠣船」「大寒」「髑髏」が掲載されており、本文541頁、本の厚さ約35mmと圧巻の存在感です。
この一冊で、犀星のほぼすべての著書を入手することができました。 |
巻頭には、序詩として「萬花鏡」が掲載されています。
おさなかりし日に
われは何をながめしか
人となりその日がね覗きみれば
あらゆるものの言葉ぞ囁く
よし芦のふえ吹くごとく
ときには繊く物悲しく………。
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2019年7月8日 |
こんな装幀の「室生犀星詩集」(竹村書房版)を入手 |
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この「室生犀星詩集」は、昭和16年12月20日に竹村書房から出版されたもので、通常版の装幀では草色の厚紙表紙と伴色の函となっていますが、この1冊は白と鮮やかな藍色の切替えとなっています。先日ヤフオクで落札しました。
よく見ると、背の題名は貼り付けで、中表紙の書体と同じものと思われるものが使われています。
また、鉛筆で貼り付け場所を記した跡があることから、大量生産したものではなく、印刷所で表紙が足らなくなり、その本に手作りの表紙を誂えたのではないかと思われます。
奥附には、印紙はなく、印紙の糊跡のみ残っており、印刷時に剥がしたものと思われます。 |
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2019年5月20日 |
映画「蜜のあわれ」に登場する雑誌「新潮」昭和34年1月号を入手 |
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この「新潮」昭和34年1月号には、小説「蜜のあはれ」の初連載が掲載されています。その後昭和34年4月号まで4回にわたり連載されました。
そして、二階堂ふみ主演で、映画化され、2016年4月1日(金)全国公開されています。
そのポスターやパンフレットには金魚に扮した二階堂ふみが、椅子に横たわり「新潮」の本を高く掲げて読んでいるシーンが映されています。また、予告編では、その本が「新潮」であることがはっきりと確認できます。今回、この昭和34年1月号を入手したところ、そこに登場する「新潮」が、この昭和34年1月号であることが確認できました。
なんというこだわりでしょうか。
しかも、裏表紙の広告が、本来モノクロのものを映画の見栄えやスポンサー等の関係と思われますが、内容が変更されており、しかもカラーになっています。つまり、映画のために作製された特別な「新潮」昭和34年1月(新年)号ということになります。驚きです。 |
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犀星の長編小説「杏っ子」は、監督 成瀬巳喜男で映画化(公開 昭和33年5月13日)されています。
その映画台本をヤフオクで入手しました。その他にも「場面表・ロケ、セット割り」と「STUDIO MAIL」(案内リーフレット)もセットとなっていました。撮影時の書き込みもあり、実際に撮影に使われたもののようで非常に貴重なものです。
キネマ旬報 第196号(昭和33年2月1日発行)にシナリオ(脚本 田中澄江、成瀬巳喜男) が掲載されていますので、この映画台本と比較してみたところ、キネマ旬報の方が最後のカット数が増えており、セリフも増えていました。撮影の中で追加された可能性があります。
その他にも、当時の映画パンフレット等も入手していますので、「杏っ子」のところで紹介しています。
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2019年1月1日 |
「日本歌人集」歌人・詩人・俳人の自作朗読LPレコードを入手 |
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先日ヤフオクで、「日本歌人集」歌人・詩人・俳人の自作朗読LPレコードを見つけ落札、入手しました。(写真上)
これまで、犀星の自作朗読としては、「朝日ソノラマ 昭和36年10月号通巻22号」(写真下)がありますが、収録は36年9月と犀星最晩年のものでした。
この「日本歌人集」は、出版は昭和35年頃と推測されるものの、収録は昭和13年11月30日と比較的古いものです。
そのため、朗読されている詩の内容はほぼ初出に近いものとなっています。
今回、収録されている詩の中で初出が「抒情小曲集」となる「足羽川(あすわがわ)」と「蝉頃」について確認してみましたが、漢字がひらがな表記となっている他は違いはありませんでした。
足羽川(あすわがわ)
あひ逢はずよとせとなり
あすは川みどりこよなく濃ゆし
をさなかりし桜ものびあがり
うれしやわが手にそひきたる
わがそのかみに踏みも見し
この土手の芝とうすみどり
いまふゆ枯れはてていろ哀しかり
われながき旅よりかへり
いま足羽川のほとりに立つことの
なにぞやおろかにも涙ぐまるは
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「日本歌人集」(コロンビアレコード 昭和35年頃出版)
朝日ソノラマ 昭和36年10月号通巻22号(昭和36年9月21日発行)
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2018年11月8日 |
「室生犀星自選詩集」の献呈署名句入りを入手、その句を調べてみました → 大発見
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「室生犀星自選詩集」(高桐書院刊 昭和22年5月1日発行)の献呈署名句入りをインターネット古書店で見つけて購入しました。
入手し、返しの遊び紙の献呈署名句を確認しました。(写真上)
朝とやを出づる雛どりに大暑かな
鰍汀兄 犀
以前所有されていた方のものと思われるメモ書きに「昭和23・4・26 日記 朝とやを出る雛鶏に大暑かな 『苦楽』第二巻七号」との記載がありました。
それを手がかりに、「室生犀星全集 別巻二」(新潮社刊 昭和43年1月30日初版発行)で、昭和23年4月26日の犀星の日記を探してみると実際に記載がありました。(p.300)
舊句、録して置く
朝とやを出る雛鶏に大暑かな
初蝉やうつゝに見ゆる遠瓦
鎌倉の點灸師来る。灸をして貰う。
その後に、犀星の俳句のバイブルである「室生犀星句集 魚眠洞全句」(室生朝子編 北国新聞社刊 昭和52年11月30日発行)で調べてみました。ここにも「朝とやを出る雛鶏に大暑かな」の句がありました。初出の欄には、「昭和二十三年四月二十六日、日記、同年七・八月号合併号第三巻第七号『苦楽』」との記載がありました。多分、以前の所有者はこの「室生犀星句集
魚眠洞全句」を見て、メモ書きに記載したものと思われます。
参考までに、「苦楽」昭和二十三年七・八月号合併号第三巻第七号をインターネット古書店で探したところ簡単に見つかりましたので、早速注文しました。後日、その本が届きましたので調べてみました。
p.22に犀星の俳句が「あやめ」との題で5句掲載されていました。果たしてその句は、
「朝もやを出づるひな鶏に大暑かな」と、似ているものの同じ句とは言い難い内容で、解決するどころか更に謎になってしまいました。(続く)
さらに大発見です。献呈署名句が書かれている見返しの遊び紙をよく見ると漉き込まれた模様があります。これが全てにはなく、犀星の献呈本専用の装幀であることがわかりました。
他に、献呈署名入りを1冊所有しており、それにも同様の漉き込まれた模様がありますが、それ以外の一般の本には見返し、見返しの遊びには普通の紙が使われています。もともと献呈本には、印紙が貼られていないことが多く、後から署名されたものか、献呈署名されたかを区別することができますが、この「室生犀星自選詩集」の場合には、犀星の献呈本用に、装幀を変えた専用のものを作っていたということになります。流石、装幀に拘る犀星ならではの対応です。 |
「室生犀星自選詩集」(高桐書院刊 昭和22年5月1日発行)
「苦楽」昭和二十三年七・八月号合併号第三巻第七号
左:通常本の見返し(遊び)
右:献呈本用の見返し(遊び)
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2018年10月8日 |
【新発見】「動物詩集」の「後期版」をついに発見しました
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「動物詩集」には、本とカバーの違いで印刷された時期から「前期」、「中期」、「後期」の三種類があります。(詳細は、「『動物詩集』の謎」の頁で紹介しています。)
これまで、「後期版」について、カバー附きは未見でしたが、先日神田の古書店で見つけ入手することができました。カバー附き並品でしたが、6,000円で入手することができました。
これで「復刻版」の基となった「後期版」が存在し、本とカバーの「組み合わせ」を確認することができました。
実は、先日ヤフオクにも「後期版」と思われる1冊が出品されていました。
残念ながらカバー欠けでしたが、本の裏表紙に「出文協承認あ430130」が印刷されていました。
ちなみに、落札価格は、8,750円でした。
やはり、この「動物詩集」は人気があり、カバー欠けとしては、これまでの中でも比較的高価に落札されています。 |
「動物詩集」初版 後期版
日本絵雑誌社刊、昭和18年9月5日発行
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2018年9月25日 |
【新発見】水谷八重子宛献呈署名入りの「少女の野面」(おとめののずら)を入手
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2018年9月17日 |
長篇小説「杏っ子」のテレビ台本⑦⑨(日本テレビ系列)をヤフオクで入手
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日本テレビ系列でテレビドラマとして昭和37年9月3日から放映された「杏っ子」の放送台本を入手しました。
(原作:室生犀星、脚本:池田一朗、音楽:池田正義、演出:蒲生順一、主演:朝風みどり)
⑦の表紙に医者役の「永井玄哉」との記名があり、旧所有のもののようです。
平山平四郎:松村達雄
平山りえ子:室生あやこ
平山杏子(杏っ子):朝風みどり
平山平之助:矢野間啓治
女学生
まり子(せのちん):渡辺康子
るり子(とこ):斉藤昭子
えん子(山ちん):樫山文枝
医者:永井玄哉
木下看護婦:無記名 |
日本テレビ放送台本「杏っ子」⑦、⑨
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2018年9月2日 |
【新発見】童話集「鮎吉・船吉・春吉」の謎
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2018年8月12日 |
【発見】映画「杏っ子」の対談記事
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ベスト・セラーとなった犀星の長篇小説「杏っ子」は、東京新聞夕刊に昭和31年11月19日から昭和32年8月18日(全271回)まで連載され、その後、昭和32年10月20日に新潮社から出版されています。
昭和33年1月には、読売文学賞を受賞し、この「杏っ子」は、成瀬巳喜男監督で映画化され、1958年5月13日に公開されました。
作家の平山平四郎には、山村聰が、その娘で主演の平山杏子には、香川京子が演じています。
(右上は、受賞後の昭和33年2月23日発行された「杏っ子」の第16刷で、帯に読売文学賞受賞作品と記載されています。)
右下の、「婦人公論」昭和33年3月号には、原作の「室生犀星」と主演の「香川京子」の対談が、「『杏っ子』とその父親」との題名で掲載されています。
もともと、この「婦人公論」は、犀星の「わが愛する詩人の伝記」が連載されている中の1冊で、この号には「萩原朔太郎」が掲載されています。また、グラビアとして「萩原朔太郎の生地『前橋』」(撮影:浜谷 浩)も掲載されています。
対談は、犀星が「僕は女優さんと対談することは初めてですよ。」、香川さんが「光栄でございます。」から始まっています。犀星自身が、もしこの映画の監督だったらと、犀星の性格が素直に表現されています。
(「婦人公論」昭和33年3月号)
さらに先日、映画化(公開 昭和33年5月13日)のシナリオ(脚本 田中澄江、成瀬巳喜男)が掲載された「キネマ旬報」を入手しました。
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「杏っ子」新潮社刊
昭和33年2月23日発行(第16刷)
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2018年6月1日 |
「あにいもうと」が大泉洋&宮﨑あおいでドラマ化
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2018年5月19日 |
評論集「新(ら)しい詩とその作り方」が国書刊行会から復刊されました
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